教育改革、入試改革、思考力、判断力、表現力について思うこと

横浜国大 物理 勉強について

特に大学の入学試験の目的は初めて出会う問題に挑む力や執念を見ることであるはずです。現状の試験は1科目につき1〜2時間ですから思考力だけでなく処理能力の割合も大きいです。1科目につき1〜2日考え込む試験にすればその人の本当の思考力や執念が見られると思いますが中々現実的ではありません。教育改革、入試改革といわれるのは執念のようなものまでも高めようとしているのでしょう。

私は全体の制度や課程としての教育改革、入試改革であればそれほど要らないと思います。一人一人が自分で課程を決められたらいいのにとは思います。思考力、判断力、表現力といったものは1科目につき1〜2時間という制約下としては既存の試験で見られています。特に難関校の試験問題は処理能力や解き方の暗記だけでは解けません。時間は限られていますがやはりその場で考え込んでどれだけできるかが試されます。改革するならすればいいと思いますが1科目につき1〜2時間という制約下ではそう変わらないでしょう。

それより我々自身の課題を忘れてはなりません。天才は特に教えなくても自然と上手くやってしまいますが我々が思考力、判断力、表現力を磨くには闇雲に大量に解いたりしないで工夫して、再現性のある技術として身に付けるしかありません。

今の教育に決定的に必要であって決定的に足りないことは「一つ一つをきっちり」ということです。数学、物理、化学から見た基準でできているかどうかです。これが目標相応にないと教わっても身に付かないし、これができれば学習の負担や障害は少なく済みます。

教えていて感じるのは「一つ一つをきっちり」の上にだけ、思考力、判断力、表現力を含めたその人の力は付くということです。思考力、判断力、集中力、慎重さ、…は「一つ一つをきっちり」の結果としてしか身に付かないと思います。「一つ一つをきっちり」を抜かして無闇にデジタル教材だのアクティブラーニングだのをやっている場合ではありません。

全体の制度や課程をどう変えても「一つ一つをきっちり」まではできないと思います。一言で表せば「一つ一つをきっちり」ですが実際にやるべきことは一人一人似ているようで本当に異なります。これは学校や国に期待するのではなく我々自ら取り組まなければなりません。一人一人の根本から支えるのが当塾であります。

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